動く不動産
「不動産」という場合、「不」は「動」を否定する接頭語ですから、「動かない物」と読むことができます。
果たして不動産は本当に動かないのでしょうか。
民法のさだめ
民法86条1項には「土地及びその定着物は、不動産とする。」と定められています。
1 土地
土地は動きません。
ゲームのドラゴンクエストやファイナルファンタジーなどでは浮遊する大陸もあるようです。しかし、これらは万有引力の法則に反していますので、日本の法律以前に宇宙の法則に反しています。仮に何らかの動力で浮遊しているとすれば、重力と反対方向に動いているのですから、やはり動産でしょう。
土地が不動産であることに疑いはございません。
2 定着物
「定着物」とは、建物や樹木など、土地に継続的に付着し、社会通念上、そのままの状態で使用する性質の物をいいます。
建物といえば、フグ田サザエの住む一戸建て、野比のび太の住む借家、両津勘吉の住む警察寮などが典型例です。
他方で、都会での生活に疲れた我々は、自動車で車中泊をしながら暮らしたり、トレーラーハウスで暮らすことを妄想したりすることもしばしばです。
車中泊に用い自動動車や、トレーラーハウスの荷台車部分にはタイヤが付いていますね。ですから、動かそうと思えば、土地や典型的な建物よりも容易に動くわけです。
そうすると、車中泊用の車やトレーラーハウスに住む場合、果たしてその居住部分は動産なのでしょうか、不動産なのでしょうか。
車中泊やトレーラーハウスに住む場合、一般に、低収入の軽労働をしながら、生活費も低く抑えて暮らすノマド・ワーキングが想定されますから、固定資産税が課税されるか否かという面において現実的な問題となります。そこで固定資産税について定めた地方税法を見てみましょう。
地方税法のさだめ
地方税法341条3号は、「家屋」とは、「住家、店舗、工場(発電所及び変電所を含む。)、倉庫その他の建物をいう。」と定めています。「その他の建物」と包括的に規定されていますので、結局は家屋=建物ともいえます。
そして、家屋(建物)の固定資産税は、家屋について、登記簿や課税台帳に所有者として登記又は登録されている者などに課されます(地方税法343条1項、2項)。
固定資産税が登記されている者に課されるとすれば、不動産登記法も参考になりそうです。
不動産登記法のさだめ
不動産登記法に関連する規則である不動産登記規則111条は、「建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した建造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるものでなければならない。」と定めています。
一般に、この一文に示された3つの文言を基準に、固定資産税の課される「建物」といえるためには、①外気遮断性(屋根尾及び周壁等を有すること)、②土地定着性(土地に定着すること)、③用途性(目的とする用途に供しうること)の3要件を満たす必要があるとされています。
検討
1 車中泊の車
この不動産登記規則111条の3要件を車中泊用の自動車について検討すると、自動車は、通常、フロントガラス・リアガラス・ドアにより外気と遮断されています。しかし、タイヤの付いた車なので、アクセルを踏めば土地から容易に移動することが可能であるため、土地に定着しているとはいえません。
ですから、車中泊用の自動車は建物ではなく、すなわち不動産ではありません。不動産でないものは動産ですから(民法86条2項)、車中泊用の自動車は動産です。
動く自動車が、動く動産であるのですから、この結論には誰もが納得することでしょう。
なお、固定資産税の課税を免れても、自動車税・軽自動車税から逃れることはできませんね。
2 トレーラーハウス
トレーラーハウスの荷台車部分を一時的に土地の上の置いておいた場合、やはり、タイヤの付いた荷台車を、エンジンを備えたトレーラー部分で牽引することで容易に動かすことができるため、動産であることに疑問はないでしょう。
しかしながら、トレーラーハウスに継続的に居住することを現実的に考えた場合、シャワーやトイレの問題が浮上します。
トレーラーハウスは、キャンピングカーと同様に、シャワーやトイレの排水はタンクに貯めたうえ、自分でタンクの水を処分することが求められます。
ところが実際に継続的に居住するとなると、すぐに満タンとなるタンクを毎日処理することはかなりの負担となります。そこで考えつくのが、シャワーやトイレの排水を、下水道や浄化槽のライフラインに繋ぐことです。
しかしです。ここで先ほどの土地定着性の問題が浮上します。トレーラーハウスの排水を、下水道や浄化槽などのライフラインに繋ぐ場合、一般には工具を用いて配管をライフラインに接続することになります。
このように工具を用いて配管をライフラインに接続する場合、配管をライフラインから分離する場合も工具が必要となります。
そして、工具を用いなければシャワーやトイレの配管をライフラインから分離できないような状況であれば、トレーラーハウスは「土地に定着」しているとみなされる可能性が極めて高まるのです。
このような場合、トレーラーハウスは土地に定着しており建物に該当するものとして、固定資産税を課税される可能性があるのです。
他方で、トレーラー部分のアクセルを踏めば、配管が壊れてライフラインから汚水があふれ出すかもしれませんが、一応動かすこともできます。
すなわち、固定資産税の課税される建物、すなわち不動産でありながら、動くことも可能な不動産として存在することになるのです。
おわりに
感の良い皆様であれば、配管をライフラインに接続して汚水を流すのではなく、直接ライフラインに投下するボットン便所方式であれば土地定着性を満たさないのではと考えられた方もおられるでしょう。この点については、行政及び司法の判断が待たれます。
※2021年2月の法令に基づいています。